若杉ばあちゃん☆

今日は若杉ばあちゃんに会う機会がありまして、素敵な時間を過ごしました。

おばあちゃん、とてもユニークな方で笑いの溢れる講座でした。
大人になってから、こんなに腹から笑うことあったかなぁ…と思うほど。
お腹から笑いが溢れでて、本当に素敵なおばあちゃん。

もちろん、メモして勉強になるお話もたくさん。

またひとつ、わたしの暮らしをデザインするイメージを頂いた感じ。
何事も自分にちょうどいいポジションを見つけることが大切ですね。

人それぞに幸せの定義が異なるよに、人それぞれに心地よい場所を見つけるのが「暮らす」ことなんだなぁ。
全てはバランスで、10人10色で違ってよろしい。
そんなメッセージを受け取りました☆

野草や陰陽の話し。
いろんなお話のなかでも一番心に響いたのは
「塩梅は自分で決めるの!人それぞれ違うんだから、自分で決めるの。誰かに決めてもらうんじゃないの。」
というおばあちゃんの言葉。

さすが、宇宙の法則を生活で実践している方の言葉だなぁ。
更にわたしの宇宙も広がった感じ。

いろんなことが起こるなぁ〜この世界☆

改めて、いろんなことにオッケー!と言えるわたしになりました。

本当、答えはひとつじゃない。
いろんなアプローチの仕方がある。
心や身体の声が、どれほどに自分を心地よいあるべき場所へ導いてくれるか。
自分のあらゆる感情も意識も「今はこれがベスト」と受け入れることができる今に感謝。

もう、それしか無いね。

ついつい「誰かの為に…」と自己犠牲の方向に行きそうになるけれど、まずは「自分の為に」でしょう。
それを無くして、溢れる愛は存在しないんだな…とすこぶる腑に落ちた今日。

またおばあちゃんに会えると良いなぁ。

自分へのメッセージ

去年の冬至から変化が始まったのは、あちこちで話しているので今更…な感じですが。
冬至から今年に入ってから、ある流れに乗ったらしきわたし。
ここ数日でさらに加速しているみたい。

携帯電話が壊れて(壊して?)iPhoneからガラ系に変わり、あらゆることがシンプルになってきました。

以前、ふと呟いたことがリアルに体験として腑に落ちてゆく感じ。
そんなことがたくさん起こり始めました。

忘れもしない2013年12月5日。

近所にある八大龍王神社にお参りに行きました。
この神社は菊池市龍門ダムの近くにあり、何故だかご縁を感じている神社です。
わたしが仲間と主催している「こびとのマルシェ」を開く「養生伝承館」
実は龍門ダムを作る際に沈んだ村にあった古民家を移築した築100年を超える建物です。

マルシェ開催の前には必ず八大龍王神社にご挨拶するようになりました。

この日は午後から南相馬市、同慶寺住職の田中徳雲さんのお話を聴く機会があり、その前に八大龍王神社へ足を運び、
同行した女神のナビゲートで祝詞をあげ、音を鳴らして龍王さまにご挨拶をしました。

何度も来ていたこの場所で、始めてちゃんとご挨拶をした気分。

そして、手を合わせていつも通りにポノポノを唱えた後、心から自然に湧きだした言葉(想い)がありました。

「わたしの中の原発が解決しますように」
「わたしを宇宙の図らいに使ってください」

なんでこんな言葉が浮かんだのか、その時は自分でもわからずにちょっと驚いた感じでしたが
これからお会いする徳雲さんと福島との関連で、そんなことを願ったんだろうなぁ〜と思ってました。

それから日が流れて今年の3月11日。

この日もご縁で、女神ナビゲートでとても小さな感じで輪になり音を奏でて祈りと瞑想をしました。
そしてこの時も、頭では無く心が呟いた言葉。

「わたしの中の原発が解けて消える日をお導きください」

自分がこんなことを言うなんて想像もしてなかったので、まさに不思議な感覚。

3.11がきっかけでわたしたち家族は関東から熊本へ来たのだけど、それまでのわたしは「原発」に関してはほぼ無関心。
震災後に「脱原発」の活動が盛り上がっていた最中でも、どこかで温度差を感じていた自分。
「原発=悪」という図式に何となく違和感を抱いていて、当初はそんな自分は冷たい人間なのかな…?と思ったり。
福島へ心からの気持ちが湧き出なかったり。
原発に対して心からの反対意識が生まれなかったり。
どんなに周りに合わせようとしても、心は違うことを言っていました。

偽善者は止めよう。
メルは冷たい人間だ、と思われても構わない。
そういう後ろめたい想いを手放して心の声を素直に聞き始めたお陰さま。
やっと最近になって、心の声がひとつの謎解きをしてくれました☆

今日、車を走らせてる時のこと。

わたしの持っている「意識」という最大のパワー。
何者よりもまさる「意識」というパワー。
使い方によっては陰陽どちらにも傾く、この力。
まるで原発みたい。

「わたしの中の原発」って、このことだったのか。

ずっと感じてたこと。

問題の解決は外側には無い。
それがすこぶる腑に落ちた今日。

「意識」という最大のパワーを、自分のものとして取り戻す。
この最大な力を何に使うか、どう使うか。
まさに原子力と一緒ですね。

その力は悪いものでも何でもなく、素晴らしきエネルギー。
何に使うか。
どんな世界に生きたいか。
それをどれだけリアルに創造できるか。

「日本には沢山の原発がある」というけれど、自分の中にもちゃんと原発はありました。
この最大のエネルギー。
使い方によっては世界(自分)を傷つけ苦しむけれど、無限の可能性を持っている。
この自分のエネルギーが何に向けられて、何を創造しているのか。

声、高らかに誰かとディスカッションする前に、自分に向かって話しかけてみようと思います。
自分との対話。
誰かに向けてのメッセージではなく、他でもない自分に向けてのメッセージ☆

肩透かしのアイツ

今日はとても清々しい。
台風が肩透かしな感じで過ぎ去ったけれど、
風はいろんなモノを吹き飛ばしてくれた模様。

わたしの中で、何となくだけど7月15日という日に区切りを感じていまして。
何の根拠もないのだけどね、ふと、この日の前にはやっておきたい事がいくつかあった。

台風が肩透かしに何処かへ行ってしまったその日から。
何となく、床の雑巾がけを再開したわたし。

いつだったかはもう忘れちゃったけど。
しばらく毎日雑巾がけをしてた頃。
相棒のツカちゃんが和室をフローリングに変えてくれた日だったかな?
その日から毎朝、皆が起きる前にアロマを数滴垂らした水で床を拭く。
これが習慣になりつつあって、拭かないで始まった日はなんだか胸がソワソワする感じだった(笑)

でね、毎日雑巾で拭いてるにも関わらず、毎日雑巾は汚れる。
1日たりとも、汚れなかった日は無い。
そんな簡単なことに気付いたときは、そりゃ驚いた。
あぁ暮らしているんだな、わたし。

どんな理由か忘れちゃったけど、雑巾がけをやめたわたし。
胸のソワソワのそのうち気にならなくなってた。

そして、ここ最近。
久しぶりに雑巾がけをしたので、また新たな発見が出来た。

朝、拭いた床には、何かが残っていた。
アレコレと慌ただしく1日を過ごしているけど、夜家路について裸足で床に一歩踏み入れた時に確かに感じた。

「あれ?なにかが違う…。」

雑巾がけをしてる時は「汚れを取る」に意識が集中していたけれど、どうやらそれだけじゃなかったらしい。

汚れを取るんじゃなくて、わたしのエネルギーを注いでいるんだ!というわたし流の発見。
見えないけれど、確かに感じる何か。
床にはそれがちゃんと残っていて、わたしはそれを足の裏から感じている。

肩透かしの台風は、わたしから何かを取り去ったのではなくて、新たなエネルギーを注いでくれた。

そう思えて仕方がないほどに、わたしは清々しい。
この感覚、十分に味わおう。

雑巾がけをやめちゃったことに、わずかながらも罪悪感を抱いていたけど。
この発見のためだったのかぁ!と思わず笑いたくなった今宵。
もうすぐ満月ですね。

わたしの宇宙が広がって、空も星も月も違って視える。
地球って素敵だな。

にじ

庭のシャベルが 一日ぬれて
雨があがって くしゃみをひとつ

雲が流れて 光がさして
見上げてみれば

ラララ 
虹が虹が 空にかかって
君の君の 気分も晴れて

きっと明日は いい天気
きっと明日は いい天気

ウサコが小学校で覚えてきた唄。
「にじ」というタイトルのこの歌。
わたしの方が大好きになっちゃって、只今ウクレレで練習中。

今日からまた雨が続くらしい。
タイミングよく蒔いた黒大豆が喜ぶだろうな。
挿し木にした紫陽花が根付くといいな。
朝食にはお友達が焼いた天然酵母のパンを食べよう。
エイトの誕生日パーティの準備をしてクッキーを焼こう。
あの人に電話して、素敵な企画を打ち明けて
チョコのご飯を入れるバケツを買おう。
花瓶に挿した花が終わりを告げたので、新しい花を摘んでこよう。
直売店でポンセンを買って大好きなあの子に送ろう。

そして、そして。
ウクレレを弾こう。