車社会について

思考が生き生きしているうちに書き留めようと思います◎

引き続き『美しき緑の星』を観て感じたことなのですが
わたしがこの映画で気になったキーワードのひとつに「車社会」があります。
おそらく制作側もかなり意識しているんじゃないだろうか・・・と感じました。

まず、驚いたのが車が悪い存在とされていたことです。
空気汚染はわたしも想像できましたが、それ以外の理由として
「車の存在によって、交通事故で人や生き物の命を奪う」
「車の存在によって、人が歩かなくなり健康被害を与える」
というのがあり、これにはちょっと驚きました。

原発、戦争、添加物などと同等に「悪いもの」として裁判にかけられる存在なのです。

へぇ〜!そういう見方もあるんだ!と驚きました。

そこで今現在のわたしの生活にとって「車」ってどんな存在だろう・・・?と考えてみました。
もともと車には興味のないわたしだったので、免許がとれる年齢になっても取ろうとは思わなかったし
子供が生まれてちょっと田舎暮らしを始めよう・・・となってやっと教習所へ行きました。

実際に運転をするようになり今ではもう、なければ困るなぁ〜という程に欠かせない存在です。
ライフスタイルにもよるのだろうけど、わたしにとって車は「便利」という言葉が最初に浮かびます。

運転している時間を楽しんでいることもあるし、行動範囲も広がります。
わたしの生活にはプラスになることの方が多いです。

それは、今までに大きな事故やトラブルがなかったから、そう感じるのかもしれませんが
「交通事故で人の命を奪う可能性があるから」とか「空気を汚染するから」という理由で
車を手放そうとは思いもつきません(笑)

車を手放すことで、わたしのワクワクが減ることの方がはるかに大きいのです。
これが、何か他のことに楽しみを感じて、その結果、車を手放しているなら話は別です。

ちょうど1年前から、我が家は初めて車を2台使う様になりました。
それまでは、パートナーと予定を確認しあったり、送ってもらったり送ったりして
お互いに気を使い合いながら車を使っていたんですね。

それが2台になったことで、自由に動ける心地よさを体験しました。

お互いに助けあったり、気を配ることは悪いことでは無いんですよ。
でもそれは、車でなくとも他のことで十分出来るわけです。

何をどう考えても、車はわたしにとって「便利」で有り難い存在です。
乗ることも苦ではないですしね。

ただ、きっと未来は違う形になっているだろうなぁ・・・と最近思います。

車だけでなく、いま主流となっている移動手段は将来違うものに変わっているだろうな・・・と感じます。
というのも、7歳と4歳の娘&息子が車や飛行機に乗っている時間が嫌いなのです。

旅行に行くのはとても大好きなんですよ。
息子なんて、飛行機や車や電車を見るのは大好きなんです。
でも実際に乗って移動するのは苦痛を感じて、すぐに「もう降りたい・・・」と言い出します(笑)

東京へ帰省する際も「わーい、ばぁばたちに会える〜!」と大喜びしますが、どの交通手段も「嫌だなぁー!」と言います。
と言っても、どうにか飛行機や車で東京へ向かいますが(笑)

個人差はあるとは思いますが、わたしが子供の頃は交通手段にさほど苦痛は感じませんでした。
今でもそんなに苦痛はなく、車は車で楽しいし、飛行機もそんなに嫌ではないです。
あっ、でもそう言えば新幹線はちょっと苦手になりました(笑)

「スピードの中に居る!」というのを体がとても感じるので落ち着かなかったです。
そうすると、自然に新幹線は手放せるんですね。選択肢から消えてゆきます。

そんな感じで、きっと子どもたちは「苦痛」という理由から今ある交通手段ではないものを選択してゆくと思います。

「快適」や「楽しさ」を求めて新しい文化が生まれます。
だってそれが「興味」の元であり、「創造」のきっかけだからです。

わたしは今の交通手段に不便や苦痛を感じていないので、新しい創造を考えようとも思いません(笑)

どこでもドアがポケットから出てきたら便利だろうな〜と思いつつも
目的地までの道中も楽しみたいわたしには、どこでもドアは必要ないんです。
むしろ、ドアを開けたら目的地っていうのは、味気ない〜!と感じてしまいます。

確実に次の世代は違う意識をもって、ここ地球に来ています。
新しい世界を創造するのを目的にやってきてるんだな・・・と感じることが多々あります。

だからわたしとしては、今心地良いと感じていたり、便利で有り難いなぁ〜と感じてるものを無理に何か理由をつけて手放す必要はないと思います。

各個人が「必要ないなぁ〜」「苦痛だな〜」と感じた時に、感じたものを手放せば良いだけです。
手放して、また手にしたってオッケーです。

頑張ったり、無理をしたり、我慢をしたりしなくとも、意識や興味をもった存在が新しいものを創造します。

「◯◯してはいけません!」と禁じたところで、意識や感情が伴っていなければ意味がないとの同じで
意識の変化があって、初めて意味のある行動や創造が生まれると思います。
わたしはそう有りたいなぁ〜と思っています◎

一見、他力本願のように映るけれど、子どもたちを見ていると
「君たちが創造してゆく未来、楽しみにしてるよ〜!」とワクワクします。
だってね、意識が全く違う存在なんす。
わたしの想像をはるかに超える世界を創るだろうなぁー!という確信があるのです。

こっちの方が、カッコいいよ!
こっちの方が、楽しいよ!

そんな感覚で、どんどん未来を想像してゆくと思います。

映画で「車は悪いもの」と表現されてるのを観て
良し悪しの判断じゃなくて、きっと未来は「こっちの方がオシャレだよ!」って感じで
車は手放されてゆくだろうな・・・と感じました。

・・・まぁ、さほど車に苦痛を感じていないわたしには、車あっても良いのだけどね(笑)
そろそろ他のモノが誕生しても面白いですね!

その時には素直に「わ~!使ってみよう〜」と楽しめるフットワークの軽さを身につけていたいです。

インターネットなんて、そうですもんね。
わたしの親の世代では考えられなかったアイテムも、受け入れる柔軟さがあれば世代なんて関係ないですね。
受け入れるがどうかで、体験する世界は変わって行きます。

わたしは、いついつまでも柔軟に世界を楽しんでゆきたいなぁ・・・。

車社会から話が脱線した感じもしますが、みなさんは車をどんな風に感じていますか?

罪悪感を抱きながら乗っていますか?
無ければいいな〜と感じますか?
言われている様々な問題は「車」の存在のせいだと思いますか?

時間があれば、これらの質問に耳を傾けて観てください☆
いろんな発見があって面白いですよ〜

長文読んでくださりありがとうございます。