5年前のこと

時間があるときに、以前使っていたSNSの日記から
写真を取り込む・・・という地道な作業をしているわたし。

育児日記が中心なんですが、結構続いていたようで
こうして振り返ると当時のことがちゃんと蘇る☆

熊本に引っ越してきたのが5年前の秋のこと。
熊本で初めての年越しに、わたしが書いた日記が
今のわたしに響いたので
必要な誰かの心にも響いたら幸いだな!と思い転載。

以下、当時の日記をそのままに転記します ↓

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2011.12.28

年賀状のプリントをしてて
「エイトはパパさんにそっくりだね~!」って話してたら
「ウサコはママに似てきたよ!」と言われ。

自分の顔ってそんなに見ないもんだから
あぁ、そうなんだぁ!ウサコは私に似てきてるんだ、と大発見。

怒りん坊なところも、いちいち説教臭いところも
寝起きの機嫌悪さも、手足が冷たいところも
絵を描くことが好きなのも、食いしん坊なところも。

顔だけじゃなくて似てる所、たくさんあるね。
まるで自分を見ているようだよ。

4歳は大変!といわれる4歳になり、
本当に大変だ…4歳は!

似ているからか、ついつい厳しくなるけど
もっと甘えて良いはずだよね。

「長女の宿命」と言えばそれまでだけど
もっとまるごとウサコのこと受け止めないとなぁ。
「抱っこして!」って言われる前に
ギュッと抱いてあげたときの嬉しそうな顔。

お願いしなくても、して欲しいことを分かってくれると
何倍も嬉しくなっちゃうよね。

つい怒ってしまったその日の夜には
「あぁ、明日はもっと優しくなろう。」って思ってばかり。
それでも翌朝には寝起きの悪いウサコにイラッとして
毎日、同じような朝を迎えてるね。

あぁ、そうか。
「明日から」じゃなくて「今から」なのかもね。
隣で眠るウサコをギュッと抱いて眠ろう。
「明日…」なんて時間を先延ばしにしてたら
その気持も先延ばしになっちゃうもんね。
「今」思ったことは「今」やらなくちゃ意味ないね。

ウサコには本当に感謝だよ。
私を成長させるためにやってきた天使のようだね。
夜更かししたけど、お寝坊オッケーな朝なので
これから一眠り。

ウサコとエイトにサンドイッチされて。
幸せ、この上ない。

2011.12.28
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「子供の要求を、お願いされる前にしてあげる」という心の余裕。
これ、時に大切ですな。

今年9歳のウサコは
さすがに抱っこする機会が少ないですが
朝「おはよう〜」と髪をなでてあげるだけでも嬉しそうだし
「足マッサージしようか?」と聞くと喜んでいます。

食いしん坊のエイトは
おやつを食べてる時、自分が食べ終えると
「メルちゃ〜ん、ちょっと頂戴〜」と必ずと言ってよいほど
猫なで声で要求してくるので
食べてる途中に「ひとくち食べる?」と先に聞くと
犬のように喜んで食べます。

ちょっとした事なんですけどね。

目の高さを一緒にしてお話するとか。
夕飯のメニューのリクエストを聞くとか。
こちらから笑顔を向けるとか。

案外、ちょっとしたことが大きなことだったりもしますね。

夏休み。

わたしは平日フルタイム出勤。
なのに、毎日すこぶる楽しいという日常。
有り難いったらありゃしない。

とは言っても、家族の時間も大切ですからね。
オン・オフの切り替えはしっかりやって
この夏休みを過ごそうと思います◎

月夜の晩に

新居の寝室は2階にあるのですが
わたしがヒロトと床にゴロ~ンと寝た時に
ちょうど窓から月が見えることに気づいたのが2日前。

授乳中にふと、窓越しに月を見てたら
日中、頭の中をぐるぐると巡っている迷宮入りの考え事が
解決してゆくのを体験しました。

そうなると紐がどんどんほどけるように
いろんな事が浮かんできます。

これを人は「降りてくる」というのでしょうね。

なので、その時感じたことをそのまま記そうと思います。

例えば今。

誰かに対して耐え難い拒絶感があったり
何かにたして許せないほど怒りがあったとして。
誰かの行動や発言にイラッとする自分がいて
その原因(犯人)は何だろう??とモヤモヤしている場合。

その原因は「愛があるゆえ」と言ったら
たいていは「そんなの納得いかない!」とさらに拒絶しちゃいますね。
でもアレコレ理由は並べられると思いますが
正解なんてあるようで無いものなので
最終的には「愛があるゆえ」ということを認めざる負えないようです。

パートナーのこういう所がどうしても許せなかったり
両親のことがどうしても受け入れられなかったり
子どものことでイライラしたり

いろんなシーンがあると思いますが
「許せない」
「受け入れられない」
「嫌いでしかたない」
どれをとっても愛情表現のひとつです。

「愛があるがゆえ」の感情の揺さぶれであって
必ずしも「大好き!」と言ったり、ハグしたり、笑顔を見せることだけが
愛情表現ではありません。

「愛があるがゆえ」怒ったり、否定したり、拒絶したりするものです。

だからもし、アナタが今
親のことを許せなかったり
パートナーのことを愛せないと悩んでいたり
子供のことで思い悩んでいたとしたら
「それは愛があるがゆえだよ。」
「大丈夫、アナタはしっかり相手を愛しているよ。」
と、わたしは心から伝えると思います。

どんなに不器用な表現であったとしても
それは「愛があるがゆえ」であって
ちゃんとアナタの中に愛がある証拠です。

で、そこの所がスーっと腑に落ちてくると
問題だと思ってたことがスルスルと紐解けてゆきます。

昔、親友の友だちがお坊さんになったので
遊びに行ったことがありました。

そこは鬼子母神社で、子授け、安産、子育ての神さまが祀られていました。
いろんな話をした流れで彼が
「祈りと呪いは同じだからね。」と言っていて
わたしもそれと似た感覚を持っていたので
「わかる!わかる〜!!」と妙に納得。

今日の記事の「愛があるがゆえ」も同じことで
表現方法が違うだけで根っこにあるのは「愛」です。

まずそれを受け入れてみると
(この受け入れるまでが時間がかかるんですよね!)
愛の存在を自分が認める訳ですので
良い所が全く見えなかった相手に対して
感謝のような感情が湧いてきます。

そうすると本当に不思議なもので
「愛」がネガティブな表現ではなく
お互いに心地よいものへと変わってゆきます。

一般的にネガティブと言われる感情を味わい尽くすので
対局にある愛のもう一つの形を体験してバランスを取るのだと思います。

でも、同じ愛を体験するならば
心地よい方が断然良いですよね!

いつだってハッピーの方が楽しいですよね。
しかーし!

そうは問屋が卸さない(笑)

・・・というか、全てハッピー!で生きることは可能だとは思います。
でもそれは自分だけの世界のお話であって
そこだけで行きてゆくなら、それも有りかな!ということです。

でもね、じゃあどうしてわたしたちは
地球に生まれてきたか?と問うならば
歯がゆいことがあっても
悔しいことがあっても
憎い相手がいたとしても
その中にでさえ「愛」があることを知るためなんだと思います。

それに気づく体験をしないままに
自分テーマパークを楽しんでいるのであれば
きっといつか上手く回らないことが起こるでしょう。

こんな事がふと、降りてくるように頭に浮かんだ月夜の晩。
みなさまも、良い夏を!

長文お付き合いありがとうございます☆

引越しました☆

img

今日は満月なんですね!

先週末に車で5分くらいの距離なのですが引越しをしました。
今まで住んでいたところは小高い山の上にある「木庭」という集落で
ウサコが小学校にあがってからは登下校でちょっと不便を感じていたんですね。

それで小学校の近い街中へお引越し。

街と言っても、引越し先は下町ののんびりした雰囲気。

木庭っ子から下町っ子へ。

変わったことは数えきれないほどありまして。

とにかく家がコンパクトになりました。

お掃除がホウキでささっとできるようになり。
リビングで家族みんなが集うようになり。
お風呂までウサコがヒロトを連れて来てくれるようになり。
ウサコが食器洗いを手伝ってくれるようになり。
自転車で習い事や図書館へ行くようになり。

・・・まぁ、ウサコの変化が特に大きいですね。

3年生になって道路で自転車に乗れるようになったウサコは
とにかくそれがとても嬉しくて仕方ないようで
日曜日も朝めし前に「ちょっとグルっとして来る〜」とチャリンコで一回り。
朝ご飯を食べ終えると宿題持って図書館へ。
今日も学校から帰ると自転車で図書館に行ってからピアノ教室へ。

下町っ子を漫喫しています。

引越しの理由のひとつに「ウサコのために」ってのがあったからな。
変化して当然かもしれませんね。

あっ、でも「ウサコのため」と言ってますが
何より誰よりも、わたし自身のためです。

わたしが小さな家に住みたいと思ってたし
ウサコが自分で好きなように出かけて欲しい
・・・とわたしが願っていました。

エイトは、まだまだ木庭のような
走り回る環境が良かったような気がしますが
彼も大きな変化をしています。

今日は幼稚園の面談があって
エイト&ヒロトの担任の先生とそれぞれお話しをしました。

坊主頭にしてから、エイト変わったなぁ〜!と感じてたのですが
ここ最近のエイトは幼稚園でも積極性が出てきたようです。

本当にマイペースなエイトは
まわりが何してようが、自分のしたいことを黙々とやるタイプでして。
それもまた良い面なのですが
せっかく幼稚園という集団生活をしてるのだから
そこでしか体験できないことをして欲しいなぁ〜なーんて思っていたら
グループのリーダーに立候補したり
手を上げて発言することが多くなったようです。

だから当然、友だちをぶつかることも増えてきて
時に悔し涙を流してたりする姿をチラリと見かけます。

エイトも引越しは大きな環境の変化だった様子。
これからが楽しみで仕方ない!

ツカちゃんも仕事場が徒歩30秒なので仕事もしやすくなり
わたしも職場が近くなりました。

わたしはまだまだ整理しなくてはいけないものが
内側も外側もたくさんあるのですが
時間を見つけてちゃんと整理整頓してゆこうと思います。

今まで苦手としてたことを感情としてしっかり体感する時みたいです。

またこれは、落ち着いたら言葉にしようと思います。

あぁ、それにしても家の鍵をかけるという習慣。
これはまだ慣れないなぁ(笑)

写真はわたしのお気に入り。

いつかのウサコ&エイトです。

シャボン玉が飛んでるだけで
これだけ跳びはねるって・・・子供って凄いな!

そうそう。

どこにいようが子供たちは目の前の世界を
大いに楽しんでいますね☆

わたしもそうありたいと思います。

All you need is love

Love2012

わたしが平和ボケなのか
はたまた、のん気なのか。

自分たちのこの世界が「戦争をする」というイメージが
どうにもこうにもリアルにできません。

先日の選挙結果が
何を意味するのかもまだ分からずにいますが
起こるべくことが淡々と起こっているのだろうな。
…とは感じています。

良い、悪いではなくね。

もしもこの世界が間違っていたとして
それを一度ぶち壊さなければならないとしたら
それは人間同士の戦争では無く
自然災害だろうと思います。

想像を超える自然災害だったら
わたしの世界では結構リアルに想像できます。

なんせ熊本に住んでいますからね。

4月の地震といい、今も続く連日の豪雨といい
自然の存在を感じずにはいられない最近です。

例えば、熊本で集中して起こっていることが
世界各地でも同時多発に起こったとしたら
「ちょっと、戦争してる場合じゃないよね!」
って感じで地球人の感覚で世界を見る人が
増えるかも知れませんね。

熊本で被災地というのを体験して
そこでは「奪い合う」というよりは
「助け合う」ということが自然発生してるのを
わたし自身が身を持って体感しました。

多くの方が被害に合ったり、亡くなっていますが
自然災害を前にすると、
人は地球人であることを思い出すようです。

そこには国境とか人種とか利益とか
そんなものは取っ払われてしまいます。

人間って捨てたもんじゃないですね。

いろんな人がいますが
やっぱりみんな人間なんだと思います。

わたしは時々『アミちいさな宇宙人』という本の
「愛の度数」の場面を思い出します。

引越しをして図書館も近くなったことだし
もう一度読みなおしてみようと思います☆