2009暮れ

絵を描くことが、ご飯を食べることと同じくらいに
日常に感じたいと思っていても
自分の周りで何かが起こり始めると
とたんに後回しにしてしまう。

三日坊主の日記みたいに。

それでもやっぱり、いざ!って時にはクレヨンを手にしてて
描くことで救われている自分に気がつきます。

私が絵を描く時に決まって感じることは
描くことを知って良かったなぁ。
描くことを続けていて良かったなぁ。
描ける環境があって幸せだなぁ。

その時にはやりたい事をやらせてくれた両親に感謝して
制作する姿を示してくれた恩師に感謝して
見てくれる人たちに感謝して
応援してくれる相棒に感謝して
発表できる場に感謝して
感謝する気持ちで溢れてしまいます。

で、そんな幸せな気分にしてくれる絵を描く行為にも
また底しれない感謝の気持ちでいっぱいになります。

すごい循環。

こんなサイクルが私のまわりで起こり始めていて
見えない糸で引っ張られている気分です。

きっと来年も今までと変わらずに
マイペースに流されてゆくと思います。

これで有名になりたいとか
なにか大きなことをしたいとか
そんな夢がちらついた若い頃もありましたが
10年描き続けて気づいたことは
絵を描くことを、もっと大切にしたいということです。

今年はそれに気づく年だったように思います。

描くときは狂ったように描き続け
かと思えばしばらく描かなかったり。

チョコばっかり毎日食べ続け
かと思えば和菓子に走り
そうかと思えば甘いものをやめてたり。

波はあるけど食べることをやめたことは
一度もないな!

って思うと、
やっぱり絵を描くことはご飯を食べることみたいに
生活の一部になってきてるみたいです。

最近あまり描いていないな。
そろそろお腹も空いてきたので
きっと年明けには
右手にはクレヨンを握っていると思います。

今年お世話になった人たちに
感謝を込めて。
素敵な年をお過ごしください。

メルより

9月28日の食卓会話

議題は「ビールのCMについて」
今年最後になるであろうラタティユを食べながら考えた。
飲み終えた後の「プハーッ!」という表情はいつから始まったのか。
誰が最初に考えたのか。
本当に「プハァーッ!」ってやる人がいたのか。
そもそも実際に「プハァーッ!」ってやる人はいるのか。

きっと最初は「フゥー」くらいだったのが
いろんなメーカーがより爽やかにより豪快に「フゥー」をやったもんだから
いやいや、うちのビールはもっと豪快な「フゥー」ですよ、
って競いだしたのが始まりだろうな。

そうこうしているうちに「フゥー」は「フゥー!」になり「プゥー!!」になり
やがて「プハー!」になり「プハァー!」になったんだろうな。
それでも物足りなくて、水しぶきを浴びたり、顔をしわくちゃにしてみたり。
「美味しい!」を表現できる限界まで挑戦したら、こうなっちゃたんだな。

人って何でもすぐに慣れちゃうから
あぁ、美味しそうだな!って感じた「プハァー!」も
いや、その程度では美味しさは伝わらない、ってなるのかも知れない。
そう考えると、この先どこまで行ってしまうのだろう
この「プハァー!」は。

よりもっと、の考え方は時々おかしなことになってしまうから
そろそろ現状維持に満足できる心を持ちたい。
むしろちょっとマイナスな方が心地よい。
モノも情報も何でもかんでも飽食状態だと満足できなくて当然。

「待て。」と言われてヨダレを垂らしながら餌の前にいる犬の
キラキラした目を見ると、これに勝る「プハァー!」はないと思う。

この夏、何度も作って食べたラタティユ。
もう夏野菜も終わりなので食べ収め。
半年間のおあずけ期間のお陰で
きっと来年も美味しく食べられるだろうな。
食材の質は変わらずに。

気になる生活品

テレビが家から無くなってもうすぐ1年が経つのだけど、

そうなるとテレビの中の人たちが急に私の人生とは無関係になってしまった。

あぁ、そうか。彼らはもともと知らない人たちで、毎日のようにテレビの中に出てきて

いろんなことを喋るから、ついつい知り合いだと勘違いしてたみたいだ。

先日も浜ちゃんの後姿に出会った時「あっ、けっこう小さいんだなぁ。」と驚いたけど

初対面の人に「案外、小さいのですね。」って言ってるようで

まったくもって失礼な話。

今度から気をつけよう。

テレビを見ないと世の中の話題についてゆけないのだろう・・・と思ってたけど

新聞があれば大丈夫だと分かった。

最近は携帯電話を生活から無くしたらどうなるかが気になる。

とても気になる。

春一番

春一番が吹くと「あぁ、春が来るんだなぁ。」と思う。
せっかく四季があるのだから、
夏にも一番風が吹いてくれたら嬉しい。
そしたらやっぱり「あぁ、夏が近づいてるなぁ。」と思って
私は急に素麺が食べたくなったり、
海を見たくなったり、
自転車に乗りたくなったりするんだろうな。
そして自転車に乗りながら
「補助輪を取るために頑張って練習して良かったなぁ・・・」とも思うだろうな。
夏一番が吹くたびに、大人になった私は自転車の練習をしてた子供の私に
ちょっとだけ感謝。

洗濯ばさみ

電車の窓から外を見てたらカラフルな洗濯ばさみハンガーがあった。
今日は曇り空だから洗濯物を干す家は少なくて
カラフルな洗濯ばさみ達は吊るす物もなく暇そうにブラブラしてた。
そしたら、またちょっと離れた家でも全く同じカラフルな洗濯ばさみハンガー
があってこの商店街ではちょっとした流行なのかな?と思った。
次の駅を過ぎると、もうカラフル洗濯ばさみハンガーに出会うことはなかったので
きっとあの商店街で流行ってたのだと思う。
カラフル洗濯ばさみハンガーは曇り空にも似合う。
晴れた空にはもっと似合うと思う。
そういえば家の洗濯ばさみハンガーの洗濯ばさみが
5個くらい壊れてるな・・・と思い出し
そうだ、いろんな色の洗濯ばさみを買って、カラフルにしてゆこう。
と名案が浮かぶ。
そしたら洗濯ばさみが壊れて無くなることも、
少しは許せて曇り空でも寂しくなくなる。

パンの耳

パンの耳をかじってたら

いつの間にか袋の中が空っぽになってて

いったいどれくらいのパンの耳が私の胃袋に入ったのか

分からなくなった。

そのパンの耳たちを全て集めて整列させたら

一枚の食パンになったかも知れない。

そしたら私は目の前にあるそのパンの耳たちを

「パン」って胸を張って呼べるのに。

1月27日の夢

知らない人の家に行く夢を見た。しかも夜中に。

何かのパーティらしくて、知らない人の家に知らない人たちばかりが集まってて

途中で私は何で来たんだろう・・・?って考え始める。

そしたらテレビで見るあの人も来ていて、

テレビ無しの生活に慣れっこになってた私は

「あぁ、この人は知ってる、知ってる。」ってまるで古い友人かのごとく親近感を覚えてしまう。

でもよくよく考えると、この人はテレビに出てたから知ってるだけで

別に古い友人でもないし、それほどファンでもないし、何でこの人が登場したのかが疑問。

それから吉本興業の新年会にお呼ばれされて、端から順番に自己紹介が始まる。

私は何故か「元・漫才師」ってことになってて、何か面白いことを言わなきゃいけない設定になる。

これは困った、困った・・・と思ってたら突然、司会者の女の人がサンバを踊りだす。

気付いたら私も一緒に踊っていて、これはこれとして笑いを取る。

一段落して会場の庭にでると、なすびさんが畑仕事をしていて

最近、農業に憧れる私は新年会を抜け出して農作業に没頭。

何か素晴らしい格言を頂いたのに忘れてしまった・・・。

でも今思うと、その格言は最近読んだ本に載ってたような気もするなぁ。

再び会場に戻ると、そこは学校の教室に変わっていて

大学時代の友人がみんな揃って妊婦姿でそこに居た。

私も気付いたらお腹が大きくなっていて、どうやら夏に生まれる予定らしい。

リヨンは「来月には産むんだ!」とお腹を見せてくれたけど、

そのお腹が風船みたいにどんどん大きくなるから

「あれ?大きくなってきてるから、もう産まれるんじゃない?」と尋ねると

「かもね~!」と言って2人で大笑い。

何だか盛りだくさんの夢で、お腹もいっぱい。