それは、まるで紙芝居のよう

昨日、とても不思議な体験をしました。

すぐに忘れちゃうので覚書き(笑)

いつも通る道を、いつもの場所へ向かって運転してる時。

混みあう交差点で突然、黒猫が対向車線に飛び出してきました。

1台の車にぶつかった黒猫は、出血はなかったものの
かなりショックを受けていて、道路の真ん中でもがき暴れ出したのです。

混みあう交差点は、黒猫を避けながら車が行き交い
わたしは心をかき乱されながら、停車することもできずにその道を進みました。

黒猫とわたしは完全に同調していて
その後も、わたしの動揺は落ち着くことがなく
次の交差点を曲がったところで引き返すことに。

数分後にその交差点に戻ってみると
まるで、なにも起こっていなかったように
淡々と車が走っていて、黒猫が衝突した場所にも何ひとつ跡形もなく
もちろん黒猫の姿は何処にもありませんでした。

引き返す道中、動揺を隠せずにいたわたしは、すっかり拍子抜け。

あれは、夢だったのかなぁ〜と疑うほどに
その空気のなかにさえ、黒猫のことを匂わすものは塵ひとつない。

再び目的地へ向かうべく、道を戻って行ったのだけど
明らかに何かが変わってしまったのを感じました。

瞬間ごとが、まるで紙芝居の1枚絵のようにパラパラと感じ始めたのです。
物語は続いているように思えるけれど
紙芝居の1枚ごとの絵は前の絵とは無関係で、それだけで完璧な1枚の絵なのです。

そしてわたしたちは、その絵の展開を1枚づつ瞬時に選択しています。
たくさんある絵の中から、自分で絵を選んでその展開を楽しんでいる。

そのことを目撃したような気分でした。

そのぐらい、黒猫は突然現れて車に衝突し
数分後に戻ってみると、跡形もなく消えている…。
本当に、スッパーン!!とシーンが変わったのを感じました。

今までのわたしなら、そこに物語の繋がりを求めて
黒猫の姿をチラリと見つけるとか、道路に跡が残っているとか
そういう場面を選ぶのだろうけど
いかんせん、探そうにも何処にもなく(笑)
空気の中にさえ見つけることができなかったのです。

そして、まるで紙芝居のように展開している「いま」という1枚づつの絵を目撃して
あぁ、本当に世界は自分で選択して創っているんだな…と感じました。

黒猫が目の前で車と衝突する。

その絵の後に続く展開を、わたしはいかようにも選べる。

時間の流れが止まってしまったような状態で
わたしの目の前に、たくさんの絵が並びました。

そして誰かが「さ、次はどうする?選んで!」と言っているのです。

きっと、なにか悪いことが起こるんじゃないだろうか…
親しい知人の中の誰かに、何かあったんじゃないだろうか…
これは吉兆のサインだ…

などなど。

とにかく無限にも次の1枚が存在することを知ったのです。

そうのうちに、最近ある人が教えてくれた魔法の言葉を使っている自分がいました。
(そのブログはコチラ→『神になったサラリーマン』

「わたしは わたしを 愛している」

何度も腑に落ちるまでその言葉を繰り返しているうちに

「わたしは わたしを 信じている」

という言葉に変わってゆきました。

わたしは、どの1枚を選びたいかをちゃんと知っている。
わたしは、どの1枚を選べば良いかをちゃんと知っている。
わたしは、どんな展開になろうとも、その1枚を自分で選んだことを知っている。

「わたしは わたしを 信じている」

そしたら、怖いものなんて何もなくなってしまい
一番愛している自分が選んだものを信じることができて
問題がなくなってしまいました(笑)

もう、そこに深刻になることができなくなったわたし。

そんなことが起こった
昨日の午前10時03分。