夢について(1)

今日は「夢」について書こうと思います。

思いをはせる「夢」じゃなくて、睡眠中に見る方の「夢」です。

わたしは体験を元に、いろんなことを自分に採用してゆくので
あくまでも、わたしの体験とメル論です(笑)

わたしが夢で最強に印象に残っているもののひとつをお話しますね。

それは、14年前に父が他界してから半年くらい経った時に見たのかな?
半年だったかどうか、もう忘れちゃったけど…とにかくわたしの呪縛が溶けた夢です。

わたしが大学4年の頃、父に喉頭癌が見つかりました。
摘出手術を受け、抗癌剤治療や、自然療法、いろいろな方法を試しましたが
1年半の闘病を経て天に召されました。

身近な人が闘病をしている経験をした方なら分かると思いますが、
側に居る人も共に闘病してしまいます。

今のわたしだったら意識の使い方が変わり、当時とは違った向き合い方をするでしょうが、
大学4年のわたしは、父の病気は一家の一大事。
勿論、わたしも共に病と在りました。

父が手術をして苦しい時に、自分だけ楽しんでいてはいけないと本気で思っていました。
「こんな大変な時に、どんな顔してパーティに行ったら良いか分からない」
という理由で大学の卒業パーティも断ったほどです(笑)

まるで運命共同体のように、父の病はわたしの病でした。

今思えば、それがわたしの愛の表現ですね。
同時に、父という存在を失う恐怖もあったと思います。

父の癌はどんどん広がり、ついに「長くとも半年」という宣告を受けます。
当時はその言葉を、自分の中にあっさり採用してしまったんですね。

最期は寒々とした病院のベットではなく、温かい部屋で静かに送りたい…と願いホスピスへ入ります。
ホスピスは本当に人らしい温かさがあり、父もわたしたち家族もやっと心にゆとりが持てた時間でした。
それまでが、本当に闘うような日々だったのでその安らぎ感は相当なものでした。

ほぼ毎日、仕事帰りに父に会いにゆくのですが、ある時
「この生活はいつまで続くんだろうか…」
というゴールの見えないマラソンをしているような感覚になりました。

父と別れることへの恐怖。
いつまでも来てほしくないゴール。
そしてゴールのないマラソンを続ける辛さ。
矛盾するものが同時に存在して息苦しくなったわたしは、父の病室へ足を運ぶ前に、
交際相手に1時間くらいお茶に付き合ってもらうようになりました。

その時間はマラソンからも開放されて、くだらないお喋りに笑っていられたのです。

父の意識はハッキリとしていて、言葉は上手くでてこなくとも意思疎通はできていました。

ある時「オレンジジュースが飲みたい」と父が言いました。
姉がミカンを買ってきて絞って父の口へ運ぶと、父はとても嬉しそうな顔をしたそうです。

…そうなんです。

その時わたしは、お茶をしていてその場に居合わせなかったのですね。

それから何週間か過ぎて、父は家族揃った静かな朝にゆっくりと息を引き取りました。
その朝は、不思議と晴れやかな気持ちで、青い空がとても新鮮に見えました。
父との別れは寂しさがありましたが、そこは暗闇のような重い悲しみはありませんでした。
イメージとしは、天使が光の道を通って空へ昇ってゆくような神聖なものです。

妹と歩いて家へ帰る途中も、「あぁ、終わったね」という感じで祝福に近いものがあり
父の最期が良い形で迎えられたんだな…という確信がありました。

ところが、お葬式も終わった頃に何ともいえない罪悪感が湧き上がります。

「父が苦しい時に、自分だけ楽しんでいてはいけない」と思い込んでいたわたしは
「恋人と過ごす時間」に罪悪感を抱いていたのですね。

現実から逃げようとした自分。
そして実際に逃げていた自分。

そんな自分を責めるようになりました。

その気持は母とのさりげない会話で、硬い石のようにさらに重くのし掛かってきます。

「ミカンを絞って飲んだ時のお父さんはすごく嬉しそうな顔をしていた」
「ホスピスにいた時間の中で一番いい表情で笑っていた」

この言葉を母から聞き、わたしは「あぁ、わたしはその場に招かれなかったんだ…」と思い、
それは現実から逃げたわたしが悪いんだと更に自分を責め始めた訳です。

ひとりだけお茶会に呼ばれなかったような寂しさ。
それはわたしが逃げたせい。

ある時、わたしが母にそのことを打ち明けると
「そんなことはない。あなたは精一杯お父さんの病気に向き合った」と言ってくれました。
でも、どんな言葉も、どんな慰めもわたしをその呪縛から開放するものは存在しませんでした。

「これは、わたしがしたことの責任だから一生、負ってゆくんだろうな…」と覚悟をするほどです。

今だったら、「苦しんでいる人と共に苦しむこと」だけが愛の表現ではないことを知っているので
恋人とお茶をすることにも、現実から離れたいと思うことにも、良し悪しの判断をしませんが…。

当時はその体験が必要だったんでしょうね。

書きながらも「そこまで深刻に思うか…わたし!」と突っ込みたくなりますね(笑)
でも、これがその時のエピソードです。

この呪縛から開放されるのは、思いがけない場所での出来事でした。

・・・まだ「夢について」の本題に入ってないですね。

すぐにまた、続きを書きまーす。

長々と読んでくださり、ありがとうございます。