夢について(2)

前回、夢について(1)で長い長い前書きがおわりまして、本題です。

父が他界してからしばらくして、わたしの中に生まれた罪悪感は相当なものでした。
もう、自分が許せなくて、許されるはずがないと思い込む程です。

そんなある日。
わたしは夢を見ます。

どうやら、自分の部屋に居るらしく(現実の部屋とは違っていたけど…)
周りには子どもの頃に使っていた勉強机があり、
その脇の床に布団を敷いてわたしは眠っていました。

そしたら、急に明るくなり布団の足元当たりからスッキリした顔で父が起き上がったのです。
白い服を着ていて、周りも白く光り輝いていました。

全体が白くなるというか、マトリックスの映画でネオが真っ白い空間に居る時の空間みたいな感じです。

父はまるで、長い眠りからやっと覚めたような感じで
「うわぁぁ〜〜」と本当にスッキリした顔をしていました。
例えて言うならば、仙人みたいな雰囲気です。

「わぁー!!おとうさん!!」とわたしは興奮しながら驚いていました。
すると父は
「さっこ(わたしの呼び名)は、そのままでいい」と言ったのです。

今、この言葉を思い浮かべるだけでも涙がでそうなのですが(笑)
父は、ゆっくりとこの言葉を言いました。

興奮していたわたしは、他にもたくさん聞きたいことがあって
「お母さんを呼ぼうか?」
「お母さんやお姉ちゃんやヨウコ(妹ね)には、何か言うことある?」
とか、いろいろ父に質問します。

父はどの質問にも、横に首を振り、わたしはいつの間にか目を覚ましました。

「さっこは、そのままでいい」

この言葉だけを伝えに来たかのようでした。

夢から覚めても、これが夢だったとは思えずに
父が会いに来たとしか思えませんでした。

そして、「わたしは現実から逃げた」という呪縛から開放されたのです。

この夢を見た数日後。
あぁ、わたしはあの言葉が聞きたくて仕方なかったんだな。
「父が」伝えたかったんじゃなくて
「わたしが」聞きたかったんだ。
そう感じるようになりました。

どんな言葉も、誰からの慰めも、溶かすことができなかった呪縛は
わたしがわたしに「そのままでいいよ」と言うことで跡形もなく消え去ったのです。

相当な呪縛で頑固者のわたしには(笑)父の姿が必要だったのですね。
父のあの姿で、父のあの声で、あの言葉を聞く。
そうでなければ、納得しなかったと思います。

十数年前のわたしは、ここまでの理解でしたが
今になり、このことは更に腑に落ちて納得できるようになりました。

外からの声では、完全に納得できません。
自分で呪縛を勝手に掛けたので、それを溶けるのは自分しかいない。
だって、最初から誰もわたしを責めていないんですね…実は。

病室へ行く前に、恋人とお茶を飲んでいたことを
もしかしたら父は気づいて知っていたかもしれません。

でも、怒っても攻めてもいないんです(笑)

自分でそう設定して、どこまでも自分を可哀想な立場にして
思い切り悲劇のヒロインのように泣いていたわたし・・・。

「わたし」が「わたし」に呪縛をかけているんだよ〜ということに気づけていないから
「父」という姿が必要だったんでしょうね。

お見事、わたしは「父の存在」のお陰で、自分で掛けた呪縛を解いた訳です。

そうそう、この魔法のような言葉。

ある時、ウサコにも響いたことがありました。

たしか4歳くらいだったかな?
トイレが間に合わなくてお漏らししちゃったんです。

その時わたしは、特に怒りもせずに「あぁ、着替えようね」くらいだったのですが
当の本人はヒステリックに泣き出して大変な状態になりました(笑)

「ギャー!!」と泣き叫び「もう一回、元に戻して!!」とお漏らしする前に時間を戻してと叫び続けました。

抱きしめても、何を言っても興奮して落ち着かないウサコ。

「誰も怒ってないよ」
「大丈夫だよ」

どの言葉もウサコを落ち着かせることはできずに
あとは時間を待つだけかなぁ〜と思った時、ふと自然にあの言葉がでたのです。

「ウサコは、そのままでいいんだよ」

そしたら驚く程に、ぴたっと止まりました。

えっ?なに…?ウサコは自分に怒ってたの〜?!
お漏らししちゃっても、怒りん坊になっても
ウサコはそのままでいいんだよ〜(笑)

・・・この言葉自体も、自分で言いながら自分に向かって言ってるんです。

そうそう。

自分の口から出る言葉や意識は、何を隠そう(隠してもないか…)自分ですね。
対象に向かっているようですが、相手という対象を使って自分に言っています。

わたしが夢で父の存在を使って、わたしに言ったように。
現実(と感じている世界)も夢も一緒だな〜というのが、最近のわたしの体感です。

夢については、いろいろな見聞があります。

夢判断もありますもんね。

わたしは夢判断のジャンルは、あまりアンテナが向かなかったので詳しく知らないのですが
夢での体験も、現実(と感じている世界)の体験も、どちらも「わたし」の体験です。

だってどちらの世界でも、感情や感覚や思考が存在しているでしょう?

ただ、夢の世界では、思考の部分が少し休んでいる状態です。
脳波の観測でそのことはもう明らかですね・・・。

ただバランスの問題で、どこにチューニングするかの違いだと感じます。
時々、現実の世界で「まるで映画の中みたいだなぁ〜」と、ただ起こることを淡々と観ているときがあります。
それも少し夢の世界寄りかもしれません。

昔のわたしだったら、「夢は夢」とバッサリ切り離す感じがあったけれど
最近になり、夢に対する感じ方が変わりました。

わたしが体感しているのだから、夢の世界は「存在する」世界。
それを更に体感するきっかけになった夢がありますが、また次に機会にお話しますね。

長い文章、お付き合いありがとうございました☆