次元について

わたしがこの言葉を自然に使うようになったのは
きっと数年前からだと思います。

それまでは、耳にしたことがあったにせよ
ピンと来ないというか、「・・・へぇ〜」という感じです(笑)

何となく使っているこの「次元」という言葉。
深〜く考えたことがないので、ちょっと考えてみようと思います◎

わたしが認識しているのは「3次元」「4次元」です。

いろんな意見があると思いますが、メル論ですのでご了承くださいね☆

わたしは「3次元」は、肉体があってこそ体験できる世界です。
だから、食べること、触ること、唄うこと、踊ること、抱きしめて肌を触れ合うこと
これらのことは3次元でこそ、その体験が生きると感じています。
感情を肉体を通して体感できる世界。

イライラして血が上る感じ。
嬉しくて飛び跳ねたくなく感じ。
楽しくて全身に笑いの渦が巻き起こる感じ。
肉体がある=行動できる

この世界ですね。

そして「4次元」は肉体を離れた体験です。
わたしの場合は「夢の世界」と認識している部分です。
ここでも感情や思考は働いていますが、この「肉体」を通してではないので
「3次元」の体験とは別のものだと認識してます。

それ以外の次元は、今のところ体感として・・・分かりません(笑)

でもね、面白いことが先日ありまして。

去年の夏に「シータヒーリング」の基礎コースを受講したんです。
シータヒーリングでは、次元を7次元まで定義していて
それぞれにちゃんと説明があるんですね。

で、7次元というのが創造の源(創造主)の次元で、そこまで意識を上昇させてヒーリングを行います。
(シータヒーリングについては、またの機会に書きますね。)

半年ぶりにお会いしたシータヒーリングの先生が、7層まで上がれるかを観てくれたんですね。
教わった手順を経て7層まで意識を上昇させると
「うん。ちゃんと7層まで行けてるね。じゃあ、適当に戻ってきて〜」と指示があり
わたしは、ひゅ~んと意識をここへ戻した訳です。

目を開けると、先生はまだ目を閉じたままなんです。
それでまたわたしも目を閉じて、しばらくして目を開けると
先生はまだ閉じている・・・。

そんな感じで、ずっと待っていると先生がやっと目を開いて
「基礎通りに丁寧に手順を踏んで上昇してるね(笑)しっかり7層まで行けてるよ。」
「それにしても、メルちゃん戻ってくるのに、どうしてこんなに時間かかったの?」

それを聞いて、わたしは「えっ?」と思ったんですね。
わたしはすっかり、ここに戻って来てたんです。
先生の方がなかなか戻ってこなくて「遅いなぁ〜」なんて感じてた訳です(笑)

もしかして、わたしが3次元(ここ)と感じている世界は
7次元(シータヒーリングで表現するところの)と何ら変わりはないのでは?
という考えが浮かびました。

すでに、ここが創造主の世界なのかも〜☆と思うと、なんだか楽しくなった訳です。

わたしはいつでも、宇宙からのエネルギーを貰ってる!
でね、以前の記事にも記しましたが、自分の世界は自分が「そうだ!」と決めたことは「そう」なんですね。
わたしの世界では♡

どこまでも自分の世界をクリエイティブしたいと願うわたしは
わたしを100%信頼して、そのわたしが採用することは全てわたしの世界に存在すると決めた訳です。

そして、わたしは「自分が体感したことのみが、わたしの世界の真理」と決めたので、体感をとても大切にしています。
体感というのは、その瞬間に自分が感じていることです。
「思う」のではなく「感じる」ことです。

その「感じる」ことも、その時々でいかようにも変容します。

同じように感じる現象も、同じでないように、同じ体験は二度と出来ないのです。

だからこそ、その瞬間ごとの体感が貴重な体験なんですね。

「答えはひとつじゃない。」

このことは、以前のわたしには違った意味を含んでいました。

たったひとつの答え(真理)を求めていたわたしは「答えはひとつじゃない」と知った時、とてもガッカリしたんです。

だって、求めているゴールがあると思って走ってた訳ですからね。
えぇ~!このマラソン・・・ゴールがないの?!聞いてないよぉー!
・・・そんな感じでした(笑)

でも今は同じこの言葉に、むしろホッとするんですね。

どこまでも無限の可能性を持っていること。
それをどんどん体験(体感)できる自分。
固定するものなんて、何ひとつ存在しない。

外側に答えを求めていないからです。
「答えはひとつじゃない」ということを体感とともに、自分の世界に採用したんです。
だから、他の人の宇宙を聞くことも楽しめるようになりました。

わたしには体験、体感できない世界をジャンジャン創造してくれる存在にもワクワクします。
わたしは、こっちをジャンジャン創造してゆくから、そっちはヨロシク〜♪という感じです。

さてさて、話を次元に戻します。

わたしの見解では、ひとりの人(存在)の中に全ての次元(と言われるもの)が存在しています。
人だけでは無いですね、存在するもの全てです。

右と左の境界線が曖昧なのと同じようにその次元の境界線も曖昧だと感じます。

海岸で海を見た時、空と海との間にハッキリと1本の線が見えるように
遠くからはその境界線を認識することができます。

その1本の線に向かって海に潜って泳いでいくと、どこまでいってもゴールは見つかりません。
その時、海に浮かんでいるわたしは感じるのです。

あぁ、ここに全て存在しているんだなぁ〜♡

まだまだ、3次元、4次元とその境界線が存在している時点で
わたしの世界は海岸から自分の世界を眺めていますね(笑)

でも時々、その境界線を失って全ての中に存在している瞬間もある訳です。
今はこの感じが楽しいみたいです・・・わたし。
だから、時には海岸へ立って外側から境界線を見てみたりして楽しんでもいる模様(笑)

いろんな情報や、いろんなジャンルがあるけれど
自分に興味のないもの(ピンとこないもの)は、存在できませんからね・・・自分の世界には。
以前は、そこで頑張って勉強したり学んだりしていましたが
それも、もはや出来ない世界になってしまった訳です、わたしの世界。

そうなるともう、自分にはない世界を楽しんでいる存在を、ありのままに受け入れることができます◎

うーん・・・やっぱり次元の話から逸れちゃうなぁ(笑)

わたしは文章にして表明することで完結して、どこまでも自分の世界を創造されてゆくのを感じるので
やっぱり書いちゃいます。

境界線のない世界。
あっち側もこっち側もない世界。
この世界を創造したいんだなぁ・・・わたし。

まだ次元という境界線を感じているわたし。
まだまだ広がってゆけるんだなぁー!と思うとやはりワクワクしますね☆

長文、読んで下さりありがとうございます◎