初心にかえる

no-05

「メルの絵は、どうしていつもウンコが出てるの?」と良く聞かれました。
本当だ!どの絵にも、必ずと言って良いほどに、お尻から何かが出てる!(笑)

クレヨン画を描き始める前、銅版画をやっていた頃から
わたしは四足動物を描くのが大好きで
彼らのお尻からも何かが出ていました◎

昔のブログ記事にも一度書いたことがあるのだけど
最近になり、この初心を思い出す出来事がありまして。
あぁ、わたしもこの気持ちを忘れずにいたい・・・と感じたのです。

本当に、昔の自分に気付かされることが多いです。
もう時間の軸は関係ないですね!

それはさておき。
このお尻から出ているものは一体何か?・・・気になりますね(笑)

絵を本格的に描くようになったのは、大学4年生くらいからなので
20代前半のわたしは、「自分の表現」というものにとても関心がありました。
自分らしい表現方法とか、何を表現したいのか・・・そういうことに悩んだりしていました。
誰かの模倣ばかりではなく、自分にしかできない表現を模索していたんですね。
で、そのお年頃によくあることで「自分とは?」という自分探しもしていた訳です。

青春ですね!

自分探しの旅に出る人もいれば、本を読み漁ったり、音楽に夢中になったり
人の数だけその答えを探す方法はあります。

わたしの場合は、たまたま絵を描くこと(表現すること)でした。

今でも鮮明に覚えているのですが、絵を描くこと(表現すること)は、わたしにとって
「生み出す」というよりは「吐き出す」という表現の方が的確で
新しいものを創りだすキラキラした面よりも、自分の内面を外へ吐き出すエゴのような部分の方を強く抱いていました。

自分の体を維持するために、食べ物を取り入れて、それを吸収して排出するように
自分の心を維持するために、周りから沢山の刺激を吸収して表現することは
まさに排出することと何ら変わらないと感じていました。

アートとして表現する時、何か自分は新しいものを生み出している、創造している気になるのだけど
それは何様のつもりだろう・・・。
自分が表現するものが、誰かを不快にさせることもある。
自分の表現するものが、何かを傷つけることもある。
生み出している気になるけれど、それは同時に排出することでもある。

そんなことを本気で考えていたので、それを忘れないようにお尻からウンコが出てたのです(笑)
別に、このウンコは伝えたいメッセージではなく100%自分へ向けての戒めだったので
「何でお尻からウンコが出てるの?」と聞かれても、当時は説明したことは無かったと思います。
「面白いでしょ?」くらいにしか答えなかったんじゃないかな。
周りの人はどうであれ、自分が表現することは同時にウンコも吐き出しているんだよ、ということを
常に忘れずにいようと思ったんですね。

途中から、わたしの絵からウンコは登場しなくなるのですが、
あえて描かなくとも、そのことを自覚して絵を描けるようになったからです。

どんなことも、裏表があるように両方を持ち合わせています。
見ないふりをしたって、毎朝トイレに行くわけだし
生み出してるものが素晴らしいと自分は感じていたとしても
地球や誰かにとっては大迷惑な代物かもしれません。

特に昔の作品はそうなんだけど、
「メルの絵は、面白いんだけど孤独とか寂しい感じもあるね」と言われることがあります。
ちょっとシニカルな面がある感じです。
わたし自身がそういうものに惹かれるので、きっとその影響かもしれません。

とにかく、キレイ事を並べたような、ただ美しくて楽しくてキラキラしているだけのものよりも
奥に深い闇や人間臭いものを含んでいる方がはるかに大好きです。

自らウンコをまき散らしたいとは思わないけど、
表現する以上、存在する以上、わたしはウンコを見ない振りは出来ません。
進んで周りを不快にしたいなんて、塵とも思わないけど
自分は周りを不快にしていないなんて傲慢にもなりたくないのです。

かと言って、ウンコのない世界に行きたいか?と言われると
そんな退屈な世界は御免だな!と思います(笑)

わたしの世界、今このままでとても完璧です。
そう思えない時ももちろんあるけれど、そう思えない瞬間も完璧なのです。

こんなにウンコを連発する記事を読んでくださり、ありがとうございます◎
ね、この時点でもうウンコを吐き出してる訳ですよ、わたし。
不快になった方がいたら、そこんとこはご愛嬌さま☆