お金について(3)

週末に家族で東京へ帰省する機会があり、2泊3日のとんぼ返り。
半年振りなんですが、今回は新鮮な印象を持ちました。

街が変わっていた!
特に駅前は大きなビルが新しく建っていたり、更地になっていたり。
東京は本当にスピードが速いですね。

子どもたちを両親にお願いしてパートナーのツカちゃんと昼間のデート散歩ができて
詰め込んだスケジュールの割には都会を楽しめました☆

さてさて。

そんなとんぼ返りから数日が過ぎてやっと落ち着いてきました。
前回の続きを書こうと思います。

一度は思い切り「お金」を否定して、お金が生まれる前の「物々交換」を体験したわたし。
2つの物々交換は、全く違う印象を抱いた訳です。

そして「お金」がわたしにとって何なのか・・・真剣に知りたくなりました。

席を外しているうちに、同額の商品が置いてあった物々交換。
この体験は本当に貴重なものでした。
「お金」ではなく「物」が置いてあったからこそ、わたしは大切なことに気づけました。

これが「お金」だったら、わたしは違和感を抱くことはなかったはずです。
(あくまでも、予測ですが・・・)

物々交換のルールでもある「交渉」がまるっきり抜けた、この物々交換。
それによって生じた違和感は一体何だったのでしょう。

商品が気に入らなかった訳ではなく、「わたしの意志が尊重されていない」という点に
わたしの心は引っかかりを感じたんですね。

そうなんです。「お金」には、受け取る側に選択肢があるのです。
これはとても優しく親切なことだと思います。

例えば、子どものおやつ。

「はい。おやつだよ」と冷蔵庫からプリンを出して渡します。
子どもは喜んで大好きなプリンを食べました。

「おやつはプリンとゼリー、どっちにする?」と子どもに尋ねます。
子どもは喜んで大好きなプリンを食べました。

さて、あなたはこのふたつの違いを感じますか?
結局どちらもプリンを食べていますが、このふたつプリン・・・同じ味だと思いますか?

「お金」には「選べる」という優しさがあるのです。
受け取る側に選択肢がある・・・しかも無限の選択肢が。
本当に優しいなぁ〜!とわたしは感じずにはいられません。

誰かのお金の使い方に、アレコレ物を言いたくなるうちは
この「お金」の優しさには気づけません(笑)
無限の選択の自由があるはずの「お金」を条件付きでしか渡せないのであれば
それは本来のお金の力を奪っていることになります。

もちろん逆も然りです。

「無限の選択肢が自分にある」と素直に受け取ることができると
「無限の選択肢を自分に与えてくれた相手」を感じることができます。

そうそう、最近また面白い物々交換がありました◎

それはイベントのチラシのデザイン・制作の依頼でした。
イベントのチラシを作ることは、今までも何度もありますが
わたしにとっては、かなりスイッチを切り替える作業になるんですね。

自分の制作スイッチが入った時に描く絵とは違って
頼まれたことを理解して、考えて、さらには納期を守る・・・。
時間もエネルギーの使い方も普段とは違うスイッチを使う訳です。
仕事って、ほとんど全てそういうものですね!

普段のんびりな絵描き主婦をやってるわたしには、このスイッチを入れるのに
まだまだエネルギーを要する訳です。

だから初めからわたしは「仕事としてなら、受けさせて頂きます。」とデザイン料を提示しました。
「そのくらい、お友達だしボランティアでやったら?」という声もあるだろうけど
いかんせん、わたしの心がそれでは納得しなかったんです。

先方の了承を得てすぐに制作に入ると、思いのほか早く完成して驚くほどスムーズに入稿でき、仕上がりも喜んで貰えました。

すると面白いことに、「デザイン料は是非とも物々交換にしたい」と心から思ったんですね。
結局、わたしは望む以上のお礼を頂いて物々交換は成立しました☆

何故わたしは物々交換にしたい!と思ったんだろう・・・と見つめてみると面白い発見がありました。

実は、わたしは既にお金を受け取っていたんです。
・・・ちょっと難しいですね(笑)

「デザイン料として◯◯円」と提示した時、先方はわたしの意志をそのまま尊重してくれました。
値切ることもなく、渋ることも一切ありませんでした。
その時点で、わたしはお金というエネルギーを受け取っていたのです。
既に十分なお金のエネルギーは受け取っていたので、形としては物々交換を望んだのだろうと思います。

単なる紙の受け渡しでは無い、本当のお金の姿。
その一面をチラリと見れたような体験でした。

こればかりは、本を読んだり誰かの話を聞くだけでは、なかなか理解するのは難しいですね。
「お金」をただ否定するのではなく、「お金」に対する純粋な好奇心があって様々な体験ができます。

もしかしたら「お金」は単なるシンボルなのかもしれません。
わたしにとって、まだまだ未知な存在の「お金」
結論は無いのかも知れませんが、わたしが感じたままに「お金」の姿を綴ってゆこうと思います。

長文、お付き合いどうもありがとうございます☆