祝福の嵐

子どもたちの夏休みに合わせて、東京帰省中。
…と言っても、東京滞在はわずかにて、山中湖にいます。

ひとり遅れて山中湖入りをして、わたしはまだ富士山に会えず。
雲が厚くてシルエットさえ見えません。

見えないけれど確かにそこに存在していると感じるのは不思議ですね☆

さて。
最近急激にあらゆる概念がぶち壊されてるわたしですが(笑)
新しい概念が生まれる時には、とても大きなエネルギーが放出される。
それを身をもって体験する事が連続してます。
まるで大地を揺るがす大噴火のごとく、予測出来ないような出来事です。

で、過去を振り返ってみてもそういう膿み出しの後には
必ずと言って良いほどに転機となる事が起こります。

ターニングポイントですね☆

渦中にいる時は、それが何を意味するのかなんて分かっちゃいないのですが、
良い流れの始まりである事は確信しています。

自分の本心を再確認する場合もあるし、求めていた答えを見つける事もあります。

頭で思考を始めると迷宮入りになって流れから外れてゆくので要注意です。

これはどんな意味があるのか…
これは何が現象かしたのか…

そうやって頭を使ってしまうと本題からどんどん離れて行きます。

自分が何を感じているか。
内側から溢れてくる言葉をしっかり聞き取るチャンスですね!

夏休みの宿題をやるかのごとく…
いろんな毒出しキャンペーン中のわたし。
どうせいつかは向き合わないといけないので無駄な抵抗はやめました(笑)

感情が動く時。(特に怒りや不安などの、重たい感情の場合)
今までは、ただ感情に飲まれっぱなしだったのですが
やっと注意深く観察できるようになりました◎

まだ感情に飲まれることも、もちろんありますが…。

わたしが最近体験したのは「悔しい」というエネルギーでした。
(制限のある言葉で表現してるのでドンピシャではないですが…)

悔しさのようなエネルギーが、大噴火を起こしてまだ残りがくすぶってる。
そんな感じでしょうか(笑)

で、わたしが最近思っている「自立する」ことが、より明確になりました。
例えば、パートナーであっても、基本は「個」であること。
親子であっても、基本は「個」であること。

それが尊重されて集合している…これがこれからの家族という形だと思います。
皆それぞれに体験したいことやタイミングがあるので、これが全てとは言いません。

少なくとも、わたしの世界ではこの基本が無ければコミュニティーの存在意味はないと思っています。

以前も書きましたが…
この春に「周りとの協調」にシフトしたわたしの意識ですが、決して自分を受け渡す事では無いという再確認でもありました。

ちょっと話が逸れますね。

数年前から「女性性」という言葉が頻繁に使われるようになりました。
封印されていた女性性の開花、これからは女性性の時代。
こんなフレーズをよく耳にしませんか?

わたしも好んでこの言葉を使っていたし、自分の中の女性性を開きたい!と願ってました。
今は「女性性」と言うよりは「自分を思い出す」という表現がしっくりきます。

で、もっと女性は活躍して良いと本当に思います◎
家族が尊重される「個」の集まりであるように、女性は自身の「個」を尊重して良いと思っています。

そうするとどうなるか…。

エネルギーのバランスに変化が起こるので、歪みや衝突が生じます。
これは善し悪しではなく、基本的原理で「息を吐くから吸う」のようなものです。
片方が変われば、もう片方も変わらなければバランスが取れないように、否応でも両者に変化を求められる訳ですね。

女性が変わるのであれば、男性も変わらざるおえないのです。
(もちろん逆も同じですよ〜。)

エネルギーが動くときは、現象として何か起こります。
さざ波だったり、大波だったり…大小問わずに何か生じます。

今回大噴火だったわたし。

文章にすることで自己完結していたつもりが、大噴火を起こしました〜(笑)
吐き出してスッキリした部分もあるのですが、どうにもスッキリしないものが残っていて不快極まりない!

それを思考は使わずに読み取ろうとするのですが、大噴火だっただけに時間がかかりそうです(笑)

でも、ひとつ紐解けたことがあります。

変化を望んでいて、いざ変化しようとすると抵抗する。
こんな経験はありませんか?

相手の成功や幸せを望んでいながら、いざ相手が成功しようとしたり幸せになろうとすると邪魔しようとする。

この矛盾は一体何か?

わたしはこれを「自我の抵抗」だと思ってます。

今までの習慣を変えられてしまう…という自我の不安。
相手が変わることへの自我の不安。

で、大抵は「心配してる」という一見、愛情のようにみえるエネルギーでこの自我正当化します。
(このあたりは「信頼について」をお読みくださいね☆)

「心配する」は完全に「心配する側」のエゴですからね!
受ける側にしてみれば、ありがた迷惑の場合が多いです(笑)

話は戻りまして、わたしが一番に感じたのは「悔しい」という感情でした。
元々エネルギーに名前は無いので、生じたエネルギーに自分で勝手に「悔しい」と名付けた訳です。

エネルギーに「悔しい」と名ずけてその体験をわたし自身が望んだんですね。
大噴火を起こしても、どうにもスッキリしなかったのは「悔しい」体験を選んだからです。

「悔しい」時って、vs ◯◯という構図になっていて誰か(何か)と対立しています。
誰かに対して悔しい。
何かに対して悔しい。
…そういう構図です。

そして悔しさをバネにして、目標へ向かってゆきます。
このパターンで目標を達成しても別に良いわけですね。

実際に「悔しい」をチョイスしてみて感じたことは…全然スッキリしない!

くすぶりがずっと残っていて、叩いても蹴飛ばしてもキリが無いのが目に見えてる。
恐らく目標を達成してもスッキリしないだろうと思います(笑)

しかも関係ないことにまで飛び火して、不満や不快が募るだけ…。

それに気づいてゆくと、無駄なエネルギー消耗に「…何やってるんだろう?」とバカバカしくなりますね。

女性性の特徴は、反発するのではなく包容力があります。
全てを抱き参らせる力です。

何クソ〜‼︎と反骨精神で向かうより、はるかに楽チンな方法です。

そして、自分にはその包容力があると確信すること。
これに尽きると思います☆

そして今回とても新鮮だった発見がありまして。

どんなに近しい存在であっても、お互いに必要であれば距離を置く勇気。
これは相手の選択を尊重することでもあります。

本人にその準備や覚悟が無ければ、変化する意味はないんですね。
ただ、タイミングでないだけの話です。

こちらが変わることを望んでいる場合、相手にも影響を与える訳です。
相手のタイミングを待って引くことも可能です。
距離を置くことも可能です。

自身の選択です。

この時は、誤魔化さずにちゃんと心の声を聞くことをお勧めします☆

相手のタイミングを待って引いたとしても、心の底で本当に変化を求めていたら今回のわたしのように大噴火となって現れますからね(笑)

まだ、くすぶりとして残っている「悔しい」というエネルギー。
わたしはもう少し、そのまま味わってみようと思います◎

「ただ、味わう」

次にいつ味わえるか分からないですからね!

何も決断せず、ジャッジせず、ひたすら味わってみたいと思います☆
動き出すのはそれからかなぁ〜!

感情的になってる時の判断ほど、危ういものはありません。
何処へ向かうか…これは嵐が完全に去ってからにしようと思いまーす。

どんなことも、時間が解決してくれることは多々あります。
嵐がさるのを静かに待つのも良いのですが、わたしはこの嵐をしっかり味わおうと思います。

風の音や、雨粒の音。
強風に揺れる樹の動き。
思考は使わずに、何の意味ずけもせずに
目の前の景色を意識的に感じてみようと思います☆

このタイミングでの大嵐。

祝福を受けている感じがして、ワクワクしております◎

アウトプットしてゆくって大事ですね!

長文お付き合いありがとうございます☆

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