ご飯を作るということ

2016-1-14

今年になっていろんなレッスンをしてるのですが
日常のなかに何とまぁ、レッスンの場があることか!

わたしの意識がそこへ向いているからでしょうね。

「家事って実は凄い学びの場だなぁ」というのは
1年前くらいから感じていたのですが
本当にそうだと思うのです。

無意識にやってることの中に
案外、答えが潜んでいるものです。

実家を出てひとり暮らしをするようになってから
家事は自分でやらなくてはいけなくなります。

掃除も洗濯もご飯を作ることも。
もちろん、家賃や光熱費を払うといった事も全てです。

ひとり暮らしを始めて変わることの中に
「食生活」があります。

自分のためだけに作るので
基本的には自分の食べたいもの、
好きなものが中心になりますね。

それまではたいてい作る親が日々のメニューを決めて
「わーい、大好物だ」と喜んだり
「今夜はまたこれか」と期待を裏切られたり
「苦手なものばかりだな」とガッカリしたり
食卓に並んだ食事を見てアレコレ感じる訳です。

どんなに胃がもたれていようが揚げ物だったら、それを食べるし
どんなに違うものを食べたくとも、出されたものを食べます。

そうでは無い家庭もあるかもしれませんが
たいていはそんな感じだと思います。

メニューは選べなくとも、作ってもらえるのは有り難いですね。

本当に有り難いことには代わりはないのですが
よくよく思い出してみてください。

ひとり暮らしをして、毎日好きなものを食べれるって
幸せではなかったですか?

自炊を全くしない人でも何も食べない訳ではないので
外食などで、やはり自分の好きなものを選んでいます。

それが例え、偏ったものであれ、ジャンキーなものであれ
自分の好きなものを食べています。

で、家庭を持って子どもができると
家族のためにご飯を作るようになります。

そう。逆の立場になる訳ですね。
作ってもらったものを食べる側から
作ってあげる側になるのです。

毎日の献立を考えるのは大変!って時もありますが
まぁ、それでも作る訳です。

今夜は何にしようかなぁ〜って考えて。

で、子どもは食卓にならんだメニューを見て
「わーい!」と喜んだり
「あ~あ!」とガッカリしたりするんですね。

作る側は家族の健康を想ってアレコレ作ります。
特に子どもが小さいことは健康の事とか気になりますもんね。

しかーし。

よくよく、よくよく考えてみると
これって実は作る側の想いばかり尊重されてる事が多いです。

「作りたいものを、作っている」狀態です。

まぁ、わたしの場合は自分が食べたくて作る事も多々あります。
「今日は餃子が食べたいな」とか
「今日は揚げ物が食べたいな」とか。

そんなこと無い、家族の為を想って作ってる!と言っても
「家族の為を想っている」という自分の意志が優先されてます。
子どもがその日何を食べたがろうがお構いなし。

「健康に良いから」
「◯◯は体に悪いから」
「これを食べて欲しいから」

などなど。理由はいろいろありますね。

そんな感じで、結局は自分の都合しか考えていなかった
・・・という事実に先日気付かされた訳です、わたし。

毎日の食事を全て子どもの気分に合わせる必要はないですが
「今日は何食べたい?」と尋ねる日がもっと多くても良いな!と思います。

メニューは選べなくとも、作ってもらえるのは有り難い。
と、自分で勝手に思っていたのか
親に「感謝しなさい」と言われていたのか忘れましたが
同じことを家族にも求めていたようです。

「作ってもらっといて、文句言わないで」みたいな。(笑)

だから、子どもが食べなかったり残したりすると
イライラしたり、ガッカリしたりするんですね。
自分の意志や想いが伝わらないから。

その事に気づいたわたし。
またしてもレッスンが増えましたとさ。(笑)

毎度、家族に「何食べたい?」と聞くのも
聞かれる方も面倒だろうから
自分の作りたいものを作る前に
相手の気持ちに思いを馳せようと思います。

「何が食べたいだろうなぁ〜」とね。

そのメニューと相手の気持ちがミスマッチであったとしても
自分の気持ちではなく、相手の気持ちを優先させよう・・・と
想像力を働かせるのは悪いことではない気がします。

相手の事を想ってる振りして
実は自分の事しか考えていないってこと
日常の中で多々あるような気がしますね。

日々、精進してゆこうと思います☆