きんかんとわたし

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はじめてのひとり暮らしは
はじめてのことばかりで
はじめて自分の名前で部屋を借りて
はじめて自分のための家財を揃えて
はじめて全てを自分のための空間にした。

ベットも椅子もテーブルも
一目惚れのようにあっという間に揃えた。

1kのアパートも内覧して1件目で即決め。
数日後には契約して鍵をもらって
あっという間に荷物を運び入れた。

女の子のひとり暮らしってものは
もうちょっと慎重になるんだろうけど
わたしの心を掴んだのは
アパートの前に建つ大家さんの家との堺にある
金柑の生け垣。

緑にちっちゃな黄色い水玉模様が大好きで
わたしはそこに住もうと決めた。

そのちっちゃな黄色い水玉が
「ここに住みなよ」っていうもんだから
わたしは迷わず
「うん。」って首を縦にふった。
ただ、それだけのこと。

今思い出しても
あの狭いアパートの部屋は
わたしの最高の空間で
冷蔵庫はアイボリーのペンキで塗りなおし
キッチンの電球が切れれば
クリスマスにキラキラさせる電飾を飾り
壁にはグッと来た雑誌の切れっ端を貼ったりして
窓を開ければ大家さんの綺麗な庭があって
毎朝わたしは金柑の生け垣の前を通って会社に行った。

金柑がわたしに
「ここに住みなよ」って言ったから
わたしは断る理由も見つからずに
「うん。」って首を縦にふった。
ただ、それだけで良かった。

いつの間にか、わたしは大人になっちゃって
自分の住処が分からなくなっていた。

それはたぶん、
住処が自分だけの空間じゃなくなったからで
大切な家族や、大切な友達や
大切なものが増えすぎて
右にも左にも後ろにも前にもゆける
選択の多さにちょっと戸惑ってるだけ。

いまでもあのアパートはあるだろうか。
いまでも金柑は緑の葉っぱの中で
綺麗な水玉模様を作ってるだろうか。

わたしはいまでも
金柑の声がちゃんと聴こえるかな。

今思い出しても
最高な空間だったあのアパートを
懐かしく思うことはあるけれど
わたしは戻りたいとは思わない。

あの空間は確かに最高なMELワールドだったけど
大切な家族も、大切な友達も居なくって
わたし独りが居るだけ。
わたしだけの最高な空間だった。

もしも、まだあの場所に金柑があるならば
今のわたしが会いに行っても
きっと金柑は「おかえり」なんて言わないだろうな。

「あなたの宝物のところへ、いってらっしゃい」

きっと、そう言うだろうな。

わたしの大好きだった金柑。

わたしはいまでも
金柑の声がちゃんと聴こえているよ。