糸掛け曼荼羅ワークショップ

mandara02

MEL工房の出店情報です。

ベジブリス☆リオープン感謝イベント!
『春よ来い!阿蘇オーガニック開き!』
~地球にやさしいミニフェスタ~

2月14日(日)11時〜

阿蘇にリオープンされる「ベジブリス」のイベントに出店します。
ポストカード、雑貨、ワークショップをやります。

今回は糸掛け曼荼羅。

これは去年の夏に出会って、是非ともワークショップでシェアしたい!
と思った手仕事です。

本当は板に釘を打つところから糸掛けまでやりたいのですが
時間がかかるので、今回はイベントワークショップとして
糸掛けの体験をして頂きます◎

他にもいろんなお店の出店もあるので
お時間ある方は是非遊びにいらしてくださいね☆

イベントの詳細フェイスブックページ↓
https://www.facebook.com/events/769155556547997/

曼荼羅アート・クレヨン版

mandara

九州各地、雪が降りましたね。
暖冬の気温に慣れていたわたしは
この寒波、本当に寒かったです。

でも久しぶりに見る雪はやはり綺麗ですね☆

さて、ワークショップのお知らせです。

準備に時間がかかってしまい
直前のお知らせになりますがお許しを。

去年は大人向けのワークショップとして
オリジナル曼荼羅をペンで描きました。
今回はそのクレヨンバージョンです。

もちろんひっかきクレヨンの技法を使いますので
色の乗せ方、道具の選び方など・・・
興味ある方には詳しくお伝えしますね。

飾りやすいようにポストカードサイズで制作します。
写真はわたしがサンプルで描いたもの。

・・・これ、描き過ぎですね!(笑)
ワンポイントで曼荼羅模様があると
背面の黒に映えるので、ここまで描き過ぎなくとも良いです。
なにか気に入った言葉を添えてもステキですね。

思わず壁に飾りたくなるような作品に仕上がると思います◎

スペースの関係上、少人数での開催です。

どうぞ宜しくお願いします。

**********************

「曼荼羅アート・クレヨン版」

日時 1月28日(木)10時30分〜11時30分

場所 こんぺいとう
   熊本県菊池市隈府上町210

参加費 1000円+ワンオーダーお願いします。

定員 5名

連絡先 mel.tsuka@gmail.com
090-8042-9495 (メル)

**********************

ご飯を作るということ

2016-1-14

今年になっていろんなレッスンをしてるのですが
日常のなかに何とまぁ、レッスンの場があることか!

わたしの意識がそこへ向いているからでしょうね。

「家事って実は凄い学びの場だなぁ」というのは
1年前くらいから感じていたのですが
本当にそうだと思うのです。

無意識にやってることの中に
案外、答えが潜んでいるものです。

実家を出てひとり暮らしをするようになってから
家事は自分でやらなくてはいけなくなります。

掃除も洗濯もご飯を作ることも。
もちろん、家賃や光熱費を払うといった事も全てです。

ひとり暮らしを始めて変わることの中に
「食生活」があります。

自分のためだけに作るので
基本的には自分の食べたいもの、
好きなものが中心になりますね。

それまではたいてい作る親が日々のメニューを決めて
「わーい、大好物だ」と喜んだり
「今夜はまたこれか」と期待を裏切られたり
「苦手なものばかりだな」とガッカリしたり
食卓に並んだ食事を見てアレコレ感じる訳です。

どんなに胃がもたれていようが揚げ物だったら、それを食べるし
どんなに違うものを食べたくとも、出されたものを食べます。

そうでは無い家庭もあるかもしれませんが
たいていはそんな感じだと思います。

メニューは選べなくとも、作ってもらえるのは有り難いですね。

本当に有り難いことには代わりはないのですが
よくよく思い出してみてください。

ひとり暮らしをして、毎日好きなものを食べれるって
幸せではなかったですか?

自炊を全くしない人でも何も食べない訳ではないので
外食などで、やはり自分の好きなものを選んでいます。

それが例え、偏ったものであれ、ジャンキーなものであれ
自分の好きなものを食べています。

で、家庭を持って子どもができると
家族のためにご飯を作るようになります。

そう。逆の立場になる訳ですね。
作ってもらったものを食べる側から
作ってあげる側になるのです。

毎日の献立を考えるのは大変!って時もありますが
まぁ、それでも作る訳です。

今夜は何にしようかなぁ〜って考えて。

で、子どもは食卓にならんだメニューを見て
「わーい!」と喜んだり
「あ~あ!」とガッカリしたりするんですね。

作る側は家族の健康を想ってアレコレ作ります。
特に子どもが小さいことは健康の事とか気になりますもんね。

しかーし。

よくよく、よくよく考えてみると
これって実は作る側の想いばかり尊重されてる事が多いです。

「作りたいものを、作っている」狀態です。

まぁ、わたしの場合は自分が食べたくて作る事も多々あります。
「今日は餃子が食べたいな」とか
「今日は揚げ物が食べたいな」とか。

そんなこと無い、家族の為を想って作ってる!と言っても
「家族の為を想っている」という自分の意志が優先されてます。
子どもがその日何を食べたがろうがお構いなし。

「健康に良いから」
「◯◯は体に悪いから」
「これを食べて欲しいから」

などなど。理由はいろいろありますね。

そんな感じで、結局は自分の都合しか考えていなかった
・・・という事実に先日気付かされた訳です、わたし。

毎日の食事を全て子どもの気分に合わせる必要はないですが
「今日は何食べたい?」と尋ねる日がもっと多くても良いな!と思います。

メニューは選べなくとも、作ってもらえるのは有り難い。
と、自分で勝手に思っていたのか
親に「感謝しなさい」と言われていたのか忘れましたが
同じことを家族にも求めていたようです。

「作ってもらっといて、文句言わないで」みたいな。(笑)

だから、子どもが食べなかったり残したりすると
イライラしたり、ガッカリしたりするんですね。
自分の意志や想いが伝わらないから。

その事に気づいたわたし。
またしてもレッスンが増えましたとさ。(笑)

毎度、家族に「何食べたい?」と聞くのも
聞かれる方も面倒だろうから
自分の作りたいものを作る前に
相手の気持ちに思いを馳せようと思います。

「何が食べたいだろうなぁ〜」とね。

そのメニューと相手の気持ちがミスマッチであったとしても
自分の気持ちではなく、相手の気持ちを優先させよう・・・と
想像力を働かせるのは悪いことではない気がします。

相手の事を想ってる振りして
実は自分の事しか考えていないってこと
日常の中で多々あるような気がしますね。

日々、精進してゆこうと思います☆

懐かしき写真

ここ最近は、パソコンを開く時間がありませんでした。
・・・何でだろう?何があったという訳ではないのだけど。(笑)
まぁ、頑張りすぎずにコツコツと続けてゆこうと思います◎

今日はちょっと気楽な投稿を。

usako

長女ウサコが8ヶ月くらいの時。

ぐるぐるっとタオルで巻いた赤ちゃんが大好きです☆

昔mixiというSNSサービスを利用していたのですが
最近はすっかり放置状態でありまして。

ウサコ&エイトの育児日記が残されているので
写真だけでもせっせとPCに取り込んでおります。

で、当時を振り返るのですが
てんやわんやで駆け抜けてきましたが
わたし結構楽しんでるな〜と痛感しました。

泣きたいこともあるだろさ
苦しいこともあるだろさ

だけど僕らはくじけない
泣くのは嫌だ笑ちゃおう

・・・ってな感じで進んでいる模様。

わたし、この「ひょっこりひょうたん島」の歌が大好きです。
いつだったか、とても悔しい事があった帰り道。

駅までの商店街を足踏み鳴らして歩いたのを覚えてます。
その時、頭の中を流れていたのはこの曲。

気づいたら地団太を踏んで歩いていて
「あっ、人間って本当に地団太を踏むんだな!」と感動しました。

まさにザ・地団太!という感じで歩いてたんでしょうね、商店街を。

言葉って面白いですね。

皆さまも、素敵な1日をお過ごしくださいね。

判断しないこと

久しぶりに、最近ハッと気づいたことを書きます。

熊本に引っ越してきてから大分の叔母と再び交流が始まりました。
母方の叔母なのですが、小さい頃からとても大好きな叔母です☆

わたしの父は長崎出身、母は大分出身。
わたしも長崎佐世保出身。生粋の九州人です。

父の仕事の関係で3〜4年に1度のペースで引越しをする
いわゆる転勤族と呼ばれる家庭で育ったわたし。

九州に居た頃は、大分の叔母とも交流があり
随分と可愛がってもらった記憶があります◎

その後、九州を離れ関東圏や東北へ引越してからは
ほとんど会うこともなく、大きくなりました。

それでも「ここぞ!」という時には本当に頼りになる存在です。

わたしの幼少時代も、すったもんだがあった時も
気付けば叔母の存在がありました。

親以外で、わたしの素を知っているのは恐らく叔母でしょうね!
だから、どんなに繕おったとしても見透かされてる感じがあります。(笑)

そんな叔母の所へ、年に一度は遊びに行くのですが
その時に毎度言われることがあります。

「おばちゃんの周りでも、転勤族の人が居て
数年でその場所を動くことが分かってるから
初めから深い付き合いをしないんよね。

別れる辛さがあるから
その傷が深くならんように
初めから深い付き合いをせんのよ。

そうなると、どこへ行っても
浅い人間関係しか築けなくなるんよ。」

この話題はわたしへの忠告として説教のように言われるのではなく
軽い会話の中で、何度か持ち上がるのです。

(台所でお皿をお洗いながら世間話をしてる時とかにね・・・)

転勤族で育ったわたしは
「あ〜、分かるな!その感じ!」というような反応をしていました。

ところが、今年のお正月。

この話題と叔母の言葉がとてつもなく心に残り
しかも、ちょっと不快感を持ってわたしに響いたんですね。
叔母の話し振りや言葉は、さほど変わってはいないんです。
ただ、同じ話題を受け取るわたしの方に変化があったのです。

なんでこんなに心に引っかかるんだろう・・・と。

これ、本当に面白いことですね。

本でも映画でも何でも良いのだけど
同じアイテムでもその時々で受け取り方が全く違います。
響き方が違うのです。

そこを注意深く観察してゆくと、自分が見えてくるのです。

まさに写し鏡のようになっているんですね。

お正月に叔母と話した時にわたしが受け取ったのは
不快感というか、モヤモヤとして無視出来ないような感覚でした。

「そういう浅い付き合いでアチコチ転々とするのも良いけど
いつかそれを乗り越えなきゃいかん時がくるんよ。」

引越しがライフスタイルの中に自然に存在していた幼少時代。
わたし自身は、このことをとてもプラスに受け取っていました。

引越しや転校に慣れっこになっていたので
新しい環境への適応能力があったのです。

どんな環境でも、とりあえずは抵抗なく溶け込めるのです。

土地が変わるので、本当にいろんな体験もできました。

お芝居で「パーン!」とシーンが変わるように
本当に全てが次の日から変わってしまいますからね。(笑)
それはそれは新鮮で楽しい体験でした。

「ここは、ずっとではない」というのを初めからちゃんと知っているんです。
だらか良い意味で「今だけ」という環境を思い切り味わって楽しめるのでしょうね。
縛られるものも無いので、気軽で心地よいものでした。

ここからが大切なのですが
どんな事もどんな物も、裏と表があって一つです。

これはどんな些細なことや物にも当てはまる法則だと思います。
(出産でもこれを体感したので、後日書きますね。)

良し悪しではなく、光と影のような関係です。
さらには、AかBかではなく「唯一のそれ」です。

わたしは転々と動いてきたことを
あまりにもプラス評価し過ぎていたようです。

今までの経験があるから、今の自分がある。

これは事実です。
どんな体験もプラスに考えることは悪いことではありません。
むしろプラスに転換した方が生きやすいかもしれませんね。

ただ、そのプラス転換を過剰評価すると
光に焦点が当たりすぎて当然、影も深くなってゆきます。

自分の正義を証明するためには、敵が必要になります。

転々と環境を変えて様々な体験をすることを良しとするならば
一つの場所に留まって、地に足を付けることを悪しとします。

いやいやい、別に地に足をつけることを悪しとしていないよ!と言ったとしても、
片方を「良し」とするなら、もう片方を「悪し」としているのです。

よく耳にする話で「判断(ジャッジ)をするな」とありますね。
「良い、悪い」で判断をしない、というものです。

わたしも時おり、その「判断を捨てる」という場面に出会いますが
マイナスの時はそれが分かりやすいんですね。

何かに対して不快感を抱く。
誰かの言葉に反論したくなる。
ある事象に対して改善したくなる。

こういうシーン、よくありますね。

その時に「あぁ、相手の考えを良し悪しで判断してた!」と気づく訳です。

「地に足を付けて、深い人間関係を気づくことも大切」
という叔母の言葉に対して、わたしが過剰に反応したのも
「地に足を付けることは、そんなに大切?」
「縛られずに自由であることはいけないの?」
「浅い人間関係は悪いの?」
・・・といろんな判断が生まれたからです。

そのことについて、しばらくモヤモヤを頭を巡らすのですが
「判断を捨てよう!」と決意して、この件に関して終止符を打つ訳です。

良い悪いでは無く、叔母の考えは、叔母の考え。
良い悪いでは無い・・・以上!

という感じで自分は判断を捨てた気分になって終わらせたのです。

が、しかし!そうも問屋がおろさない。(笑)
そこじゃ無いんですね・・・。

わたしは自分の育った環境(場所を転々とすること)に対して
過剰評価していたんですね。
もう、言っちゃえば、自分の考えや行動パターンや感覚全てにおいて
オメデタイほどに「良い」と過剰評価しているんです。(笑)

そうなんです。

反発する相手に対する「悪い」という判断ではなく
自分に対する「良し」という判断に気付かされたんですね。

これに気づくまで1週間以上はかかりました!
それほど、近すぎて分からなかったんですね・・・。

鏡そのものばかりをみていて
肝心の写っている自分自身が見えていなかった感じ。

転々と動くこと(これは、まるごと「わたし自身」と言ってもいいでしょうね!)
を「良し」と過剰に評価しているからこそ、対する叔母の言葉に反応したのです。

そのことに、さほど重きを置いていなければ叔母の話や言葉に対しても
「なるほどね、それも有りだわ!」って素直に受け入れられるはずです。

これまでのわたしの「判断をするな」は
「他人は他人。わたしはわたし。みんな違って、みんな良い、以上!」
・・・ってなくらい表面的でありました。(笑)

自分が大好きなのは、おおいにけっこう。

でも好きすぎて周りが見えない・・・となると摩擦が生まれますね。

自分の過去のデータに頼るでも無く
周りの情報に頼るでも無く
自分のセンターを常に意識してゆきたい。
そんな事を感じました。

数年前に叔母に言われた言葉。

「さとこ(わたしの名前)は、人の話を聞かんやろ?」

・・・さすが叔母!ほぼ見透かしてる!(笑)
頑固者って、こういう事か。

何か違和感を抱いた時。
焦点を相手に向けるのではなく、自分に向ける。

しばらく、このレッスンを続けてみようと思います◎

幸福を求めるな。
幸福を求めると、
同時に不幸も生み出すから。

みたいな事をOSHOが言っていましたね。

出来る限り、フラットな視点でありたいものです。

長文、お付き合いありがとうございます。

新年のご挨拶

image

今年の年賀状に使った写真。

前年が喪中だったので、
2年越しの子どもたちの成長。

わたしは毎日見ているけど
2年ぶりに見るとその成長っぷりは
驚くでしょうね!

先日、ずいぶん会っていない東京の叔母から
「ハガキ届いたよー」と電話が。

ヒロトくんを抱いているウサコを
わたしだと思っていたらしい。

で、よーく見たら3人とも子どもだ!
・・・と、すごく驚いたそうです。

わたしの子ども時代からずっと交流のある叔母には
まだ、幼いわたしの姿が鮮明に残ってるんでしょうね。

ウサコもわたしに似てきたのかな?

3人の母になれたこと
ありがたく受け取ってゆこうとおもいます。

今年もツカファミリーを
どうぞよろしくお願いします☆

The Three Little Pigs 3匹のこぶた

2016-1-6

今日は本当に死ぬかもしれないと思ったけれど
どうにか生き延びた3匹のこぶたたち。

明日があたりまえのように来ると思うなと
どこかの誰かが言ってたけれど

それは本当にその通り。

今宵は朝まで踊り明かす3匹のこぶたたち。
これほど生きる喜びに満ちたダンスはないだろう。

踊ろう、踊ろう。
明日があたりまえに来るとは限らないのだから。

**********************

もうすぐ冬休みも終わり。

ジングルベルを鳴らしたと思えば
あっという間に年が暮れて
気づけば新しい年を
いつもと変わりなく過ごしています。

だいたい、こんなものですね!

年末に大掃除と呼べるほどの掃除をしなかったので
年が明けてから少しづつ掃除をしております◎

冷蔵庫の中を整理したり
洗濯槽を漂白したり

年に1度にやると、かなりパワーが必要ですね。
3ヶ月に1度くらいは冷蔵庫と洗濯槽を掃除しようと思います。

そんなことを感じた2016年のスタート。

ヒロトくんも2ヶ月を過ぎてだいぶ首も座ってきたので
社会復帰をしようと思います。

と言っても、ほぼヒロトくんのご機嫌次第の動きとなりますが
去年オープンさせたコミュニティスペース「こんぺいとう」に
ちょいちょい顔を出す予定でございます。

無理ない程度にスケジュールを入れてゆこうかな。

そうそう。
2016年にやりたいことリストを暮れに書いたのですが
それをいくつか公表して行動に移してゆこうと思います。

わたしの世界は、わたしの望むように出来ていて
「新作で個展を開く」というのがリストに入っています。
それを言葉にしてから、絵を描きたくて仕方ない気分になりましたとさ。

・・・単純明快ですね、わたしの世界。

5月か6月を予定しています。

テーマはまだ見えてこないのですが
何か浮かぶと思います◎

それで、1月28日(木)に「こんぺいとう」で
クレヨン曼荼羅アートのワークショップをします。

前回までは、ペンで描く曼荼羅ワークショップでしたが
それを今度はひっかきクレヨンバージョンで仕上げようと思います。

また違った仕上がりになると思うので
気になる方、ぜひご参加くださいね。

詳細はまた後ほどお知らせします。

ヒロトくんのご機嫌が良いことを願って!